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神戸地方裁判所 昭和54年(ワ)1273号 判決

原告

株式会社エクセル化成

右代表者

豊川吉男

右訴訟代理人

丹治初彦

分銅一臣

麻田光広

泉公一

被告

東こと

鄭寿天

被告

金文子

被告

有限会社日吉商事

右代表者

鄭寿天

右被告ら訴訟代理人

中嶋徹

主文

一  被告鄭寿天、同有限会社日吉商事は、原告に対し、各自、五〇〇万円及びこれに対する昭和五四年一二月一三日から支払いずみに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告金文子に対する請求を棄却する。

三  訴訟費用は、原告と被告鄭寿天、同有限会社日吉商事との間においては、原告に生じた費用の三分の二を同被告らの負担とし、その余は各自の負担とし、原告と被告金文子との間においては、全部原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一請求原因1項の事実〈編注・原告が本件約束手形二通を所持し、有限会社東資材がこれを振り出したこと〉は当事者間に争いがない。

二右事実によれば、東資材が原告に対して本件手形金合計五〇〇万円の支払義務を負つていることが明らかであるところ、原告は、被告鄭、同金にも右手形金の支払義務がある旨主張するので、判断する。

1  まず、原告は、東資材の法人格は形駭にすぎないので、その背後の実体である右被告らに本件手形金の支払義務がある旨主張するので、この点について検討する。

(一) 法人格が全くの形骸にすぎない場合、またはそれが法律の適用を回避するために濫用されるが如き場合に法人格を認めることは、法人格の本来の目的に照らして許すべからざるものであるから、取引の相手方は会社という法人格を否認して、法人格がないのと同じようにその背後者たる個人の行為であると認めて、その責任を追求することができる(最高裁第一小法廷昭和四四年二月二七日判決、民集二三巻二号五一一頁参照)。そして、右の法人格が形骸にすぎない場合とは、会社形態をとつてはいるものの、会社即個人であつて、その実質が完全に個人企業と認められる場合をいい、具体的には、会社の背後にある個人が会社を自己の意のままに道具として用いることができるような支配的な地位にあり、かつ、会社と個人の業務又は財産の混同が反覆継続して存在したり、法の要求する会社の意思決定及び業務執行の方法が全く無視されているような場合をいうものと解するのが相当であり、このことは、株式会社のみならず、有限会社においても、それが少人数の社員による小規模な企業を予定し、その組織、管理方法等は簡素で会社の自治にゆだねられる部分も多いことが考慮されるべきであるが、基本的には同然である。

(二)  そこで、これを本件についてみるのに、〈証拠〉を総合すれば、次の事実が認められる。

(1) 東資材は、被告鄭がかねてから営んでいた個人企業のケミカルシューズ資材の販売業(この当時も東資材という商号を使用していた。)を昭和四九年二月に法人組織にして設立した有限会社で(被告鄭の個人企業を法人組織にして設立したこと及び設立時期の点は、当事者間に争いがない。)、神戸市長田区日吉町四丁目一番所在の被告金所有の日吉ビル内に事務所を置き、代表取締役である被告鄭のほかに男女従業員二ないし三名を雇用して、被告鄭の個人企業時代と同じケミカルシューズ資材の販売業を営んでいたが、昭和五三年一月ころ倒産した。

(2) 東資材は、登記簿上は、資本の総額二〇〇万円で、被告鄭(出資額八〇万円)、その妻である被告金(出資額七〇万円)及び被告鄭の弟である訴外東寿吉(出資額五〇万円、以下「寿吉」という。)の三名で社員を構成し、代表取締役である被告鄭のほかに被告金が取締役に就任していることになつているが、同被告は、同社の設立にも、その後の同社の運営にも全く関与しておらず、設立当初は、同社が設立されたことさえも知らなかつたほどであり、また、寿吉は、前記のとおり被告鄭の弟であるが、個人企業当時から被告鄭に雇われていた従業員にすぎず、しかも、同社設立後一年ほどして他の会社に行くため同社を辞めており、同人が社員として同社の運営に参画したような形跡はない(同社の社員総会が現実に開催されたことを認めるに足りる証拠はない。)。更に、右両名の出資金は被告鄭において払い込んだものであり、同社の運営についても、被告鄭がすべての経営上の実権を掌握し、一人で同社を切り廻していた。

(3) 東資材は、事務所は前記のとおり被告金所有のビルの一部を借り受けたものであり、ある程度の預金は有していたが(昭和五二年四月三〇日現在で、関西信用金庫新長田支店に当座預金及び積立預金を合わせて一〇四二万〇四〇七円、淡路信用金庫神戸支店に当座預金、定期預金及び積立預金を合わせて五三一万五〇五六円の預金を有していたがこれらの預金の中には融資の担保に供されているものもある。)、有形資産は、自動車一台と電話及び机椅子等の什器備品程度で見るべきものはなく、法人として企業活動を続けていくには、その経済的基盤は弱少であつたため、被告鄭個人も関西信用金庫新長田支店との間で信用金庫取引契約を締結しており、このことからもうかがえるように、東資材の運営は、被告鄭個人の信用に依存せざるを得ない状況にあつた。

(4) 被告鄭は、東資材の倒産後、同社の一応の私的整理を行い、原告を除く同社の債権者に対しては、個人で借入れをしてでも東資材の負債の一部を弁済する旨約しているが、原告に対しては、融通手形の所持人には整理による配当を行わない慣習があるとして、債権者集会の通知さえもせず何らの弁済もしていない。

以上のような事実が認められ、被告鄭本人尋問の結果中には、寿吉が現実の出資を行つている旨の供述部分もあるが、東資材の出資者は前記のとおりわずか三名であるにもかかわらず、その額は忘れたと述べているなど、その供述内容は不自然であつてたやすく信用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(三) 以上の事実関係によれば、東資材は、有限会社形態をとつてはいるものの、持分を有する社員は全部被告鄭の親族であるいわゆる法人成りした同族会社であり、しかも、右親族社員らの持分は実質的には被告鄭の所有に属するものであるから、同被告は、実質的には、東資材の全持分を所有し、同社を自己の意のままに支配することができる地位にあつたものということができ、更に、東資材が組織及び管理方法が簡素で会社の自治にゆだねられる部分の多い有限会社であるという点を考慮しても、なお法の要求する会社設立の手続及び会社意思決定の方式が履践されていなかつたといわざるを得ないから、東資材は法人とはいつても全く形骸化していて、その実質は背後にある被告鄭が東資材の名義を用いて個人で事業を行つていたのにほかならないというべきである。

もつとも、東資材と被告鄭間の経理上の区別が不明確で、両者の業務又は財産の混同が反覆継続して存在していたことを認めるに足りる証拠はなく、かえつて、〈証拠〉を総合すれば、東資材には経理担当の女子事務員がいて記帳を行つており、税金の申告についても、被告鄭及び被告金とは別個に確定申告をしていたことが認められる。しかし、経理上個人と会社が区別されていたとしても、法の要求する会社意思決定の方式が履践されていないということは、とりもなおさず会社運営の成果である利益の処分を被告鄭が自己の意のままに行つていたことに外ならないから、右の点は法人格否認の法理を適用する妨げとはならない。

従つて、東資材が即被告鄭であるという実態に即して、その法人格を否認し、東資材の行為をもつて被告鄭の行為と認め、東資材の負担している本件手形上の債務について、被告鄭にもその支払義務を認めるのが相当である。

(四)  ところで、原告は、被告金においても、東資材の収益によつて構成された被告鄭との共有財産をすべて自己名義とし、会社という法人形態を利用して一定の収益を確保しているから、被告鄭と同視すべき立場にあり、東資材の背後にある実体として東資材の行為に伴う責任を負う義務がある旨主張し、〈証拠〉を総合すれば、被告金は、主婦であつて稼働収入は全く有していないにもかかわらず、同被告ら夫婦の居宅の所有名義人となつているほか、鉄筋コンクリート造六階建、延床面積895.3平方メートルの事務所・倉庫・工場である日吉ビルの所有名義人にもなつていること及び被右金は、同ビルの建築・管理、借り受けた建築資金の返済及び公租公課の支払いに至るまで一切を被告鄭にゆだね、同被告のために同ビルを担保として提供していることが認められる。

しかし、〈証拠〉を総合すれば、被告金は、京都府下にその父から贈与を受けた土地及びその地上のアパートを所有していたので、その賃料収入があつたほか、昭和四七年に右土地の一部が京都府及び京都府公共用地取得公社に買収され、翌四八年にはその残地に建築した建売住宅二戸を販売して、かなりの額の不動産譲渡所得を得ており(これらの代金総額は二七七〇万円余に達し、建売住宅の建築資金を控除してもなおかなりの額が同被告の手許に残つたものと推認される。)これを日吉ビルの建築資金に充てたこと、更に、同被告は、同ビルの建築資金及び右建売住宅の建築資金等として、同ビルに抵当権を設定して関西信用金庫から合計四〇〇〇万円を借り受け、同ビルの賃料収入によりこれを返済しており(但し、抵当権設定登記上は、右借受金の債務者は被告鄭となつている。)、同ビルの賃料収入については、毎年青色申告により確定申告を行つていること及び同被告ら夫婦間においては、被告金だけが不動産を所有しているのではなく、被告鄭も日吉ビルの敷地となつている土地を所有していることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。そして、被告金の右資産が東資材の収益について、会社と個人の財産の混同の結果として形成されたものであることを認めるに足りる証拠はなく、また、被告金が東資材の設立及び事業の運営について全く関与していなかつたことは、前記認定のとおりである。

従つて、被告金の前記財産の所有関係が名義のみであると断定することはできず、被右金と東資材との間に会社即個人という実態があるということもできないので、原告の前記主張は採用できない。

2  更に、原告は、被告鄭は東資材による決済が困難であることを予想しながら、美鈴化学に対する融通のために本件手形を振り出したものであるところ、被告金は、被告鄭の経営方針に包括的な了解を与え、被告鄭の右行為を黙認していたという重大な過失があり、右過失により原告に本件手形相当額の損害を与えたから、有限会社法三〇条の三により右損害を賠償する責任がある旨主張する。

しかし、東資材は、見るべき有形資産を有してはいなかつたものの、昭和五二年四月三〇日現在において一五七〇万円余の預金を有していたことは、前記認定のとおりであり、更に、〈証拠〉を総合すれば、東資材が倒産するに至つたのは、昭和五二年一〇月以降において、取引先である美鈴化学が倒産したことなどにより、受取手形に多額の不渡事故が発生したことによるものであることが認められ、右認定に反する原告代表者尋問の結果はにわかに信用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。そして、本件手形の振出時である同年六月の時点において東資材の経営状態が特に悪化していたことを認めるに足りる証拠はない。

従つて、被告鄭において、満期に呈示された場合、東資材による決済が困難であることを予想しながら本件手形を振り出したものであるとは認め難く、この事実の存在を前提とする原告の被告金に対する有限会社法三〇条の三に基づく責任の主張はその余の点について判断するまでもなく理由がない。

三次に、原告は、被告日吉商事は、被告鄭が東資材の債務を免れかつ、同社の営業活動を承継するため、実質上すべての出資をして設立し、東資材と同一場所で同一の営業を行つているから、東資材と同一人格であり、同被告も東資材の負担する本件手形上の債務を履行する義務がある旨主張するので検討する。

1  〈証拠〉を総合すれば、次の事実が認められる。

(一)  被告日吉商事は、昭和五二年四月七日にケミカルシューズの底材の仕入販売及びこれに附帯する一切の業務を事業目的として設立され、東資材の本店と同じ日吉。ビル内に本店を置いている有限会社であり(被告日吉商事の設立日及び本店の所在の点は当事者間に争いがない。)、登記簿上は、資本の総額二〇〇万円で、被告鄭(出資額一〇〇万円)、被告金(出資額二五万円)、訴外森田徳弘(出資額七五万円)の三名で社員を構成し、代表取締役に被告鄭、取締役に訴外金恵一(その後帰化して丸山姓になつている。)が就任していることになつているが、被告金及び右森田の出資金は被告鄭において払い込んだものであつて、同人らの社員権は名義だけのものにすぎず(被告鄭は、被告金が社員になつているかどうかについてさえ記憶にない旨供述しており、事実、被告金は、東資材の場合と同様、被告日吉商事の設立及びその後の会社運営には全く関与していない。)、また、右丸山の取締役選任に際して社員総会が開催されたような書面が作成されているが、現実に被告日吉商事の社員総会が開催されたことはなく更に、同人は取締役として登記されているが実質は従業員にすぎず、被告日吉商事の経営上の実権はすべて被告鄭が掌握している。

(二)  被告日吉商事は、東資材の倒産までは、東資材と同じ部屋に事務所を置き、専属の従業員としては前記丸山がいたが、東資材の従業員も随時日吉商事の業務に従事しており、東資材の自動車を被告日吉商事も使用し、東資材倒産後は、被告日吉商事において、東資材の従業員、事務所、什器備品及び在庫品をそのまま引き継いでいる。

もつとも、東資材の右資産の引継ぎに際しては、東資材の私的整理において評価された対価を支払い、これを同社の債権者に対する配当に充てたことになつているが、その額は明らかではなく、原告に対しては、前記のとおり右整理の通知さえも行つていない。

(三)  日吉商事は、東資材が主としてケミカルシューズの甲材を扱つていたのに対し、新たにケミカルシューズの底材を扱う会社として設立され、これを主に扱つていたので、両社の取引先が共通することは少なかつたが、東資材の倒産後は、同社の取引先の一部をも引き継いで、東資材と同じケミカルシューズの資材をも扱つて営業を継続している。

以ヒのような事実が認められ〈る〉。

2 以上に認定した事実関係によれば、被告日吉商事は、東資材及び被告鄭とは別人格の有限会社として設立登記がされているが、東資材と同じように実質的には被告鄭が全持分を所有して、同社を自己の意のままに支配しており、かつ、法の要求する会社設立の手続及び会社意思決定の方式は履践されていないから、全く形骸化した法人であつて、その実質は、東資材の事業をも包括した被告鄭の個人事業にほかならないものというべきであり、更に、その設立時期の点から、被告日吉商事は、東資材の負担する債務を免れる目的で設立された会社であるとはいえないにしても、東資材の倒産後、前記のように形骸にすぎない別個の法人格を利用して、一部債権者を除外した私的整理により東資材の人的及び物的設備を承継するとともに、同社の取引先の一部をも引き継いで、同社と同種の営業を継続しているものであるから、被告日吉商事による右のような東資材の営業の承継は、東資材の債務を免れる目的をも併有した会社制度の濫用であるといわざるを得ない。

従つて、被告日吉商事に対しては、法人格否認の法理が適用され、同被告は、その法人格を否認する原告に対する関係では法人格の機能が停止し、自己が東資材と別人格であることを主張できず、その結果として、本件手形上の債務の支払義務を免れないものというべきである。

四本件訴状が被告鄭、同日吉商事に送達された日が昭和五四年一二月一二日であることは、本件記録上明らかである。

五以上述べたところによれば、原告の被告鄭及び同日吉商事に対する請求はいずれも理由があるから認容し、被告金に対する請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九三条を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。 (笠井昇)

約束手形目録〈省略〉

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